読売新聞1999年(平成11年)4月19日(月曜日)
馬と暮らし、自主性養う
なみあし学園午前八時過ぎ。薄暗いきゅう舎で、タケシ君(14)仮名は干し草を両手で抱え、黙々と馬の足元に運んでいた。吐く息は白い。馬の顔をなでた時、そのほおがわずかに緩んだ。一時間ほどで作業を終えるとタケシ君は馬にまたがり馬場を駆け始めた。宇都宮市の南郊栃木県上三川町の乗場クラブが、「なみあし学園」の所在地だ。クラブ運営も兼務するスタッフは、定時制高校の英語教諭を務める篠崎宏司理事長(57)以下4人。現在、不登校や高校を中退した14ー19歳の4人が、男女計8つの個室を持つ木造の寮に起居して24頭の馬と暮らす。
13年前、このクラブに通う不登校の女子中学生が乗場で自信を深め、無事学校に復帰したことがあった。その話が口コミで広まり、全寮制の学園開設につながった。学園といっても半ばボランテイアの私塾で、生徒側は食事などの実費一日三千円を負担する。
子どもたちの多くは、泥と汗にまみれて、乗場や、馬の世話に励むが、中には馬とほとんどかかわらず、定時制高校へ通う子もいる。それぞれのペースで、生活が進み強制や命令は一切ない。 「洗濯、掃除からご飯の片付け、馬の手入れまで自主性に任せ、子どもたちの生命力を呼び戻すんです。」と篠崎さん。すでに約80人がここを巣立った。
「人と話すのが得意じゃなかった」タケシ君は、中学に入って1週間で不登校になった。この2月に学園に来たばかりだが、母親は早くも息子の変化を感じ取っている。
「ダンボール箱にしまい込んでいた教科書を、家まで取りにきたんです。」押し殺していた感情を、はっきり口にできるようになった気もします。この前も電話で『オレも親離れするから、お母さんも子離れしないとだめだよ。』って。」
タケシ君は定時制高校進学という目標も見つかり、夜には英語などを少しずつ勉強し始めている。
同じく2月に入園したケイコさん(19)仮名は、4月から定時制高校に入り直し、海外留学の夢に挑戦する。高校では保健室登校を繰り返した末、一昨年秋に三年生で退学していた。「ここには 一人で考える時間がある。一歩一歩進んでいきたい。」その声は明るい。
篠崎さんによると、馬と接するうちに子どもたちの表情が次第に変わってくるという。「動物は裏切ったり、うそをついたり、いじめたりはしない。馬を通じて人間への愛情もまた戻ってくるのでしょう」
「並足」は馬術で最も遅い歩度を指す。「学校生活に疲れた子どもは『なみあし』でじっくりやっていけばいい。ここは馬中心に動いているので、生活のリズムが遅いんですよ」
地方部・広中 正則